道草しながらデジカメと遊ぶ


by mekkemonn
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播州赤穂・花岳寺

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「花岳寺」は正保2年(1645)「浅野長直公」が常陸笠間(5万3千5百石)から赤穂へ所替えになった時、浅野家の菩提寺として建てられました。
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                 本堂
山門をくぐると2代目「大石名残りの松」がよく手入れされ、枝いっぱい広げた立派な松があります。
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 「千手堂」に初代「大石なごりの松」が祀られ古の頃が想像されます。
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「大石名残の松」の東側に「鐘楼」があり、そこに「鳴らずの鐘」が架かっています。

 もともとの鐘は赤穂二代目藩主「浅野長友公」の鋳造になるものといわれている。その後、三代目藩主「長矩公」の刃傷事件後、元禄15年(1702年)の四十七士の討ち入り、翌年の切腹と続く。この悲報に接した人々は寺に集まり、冥福を祈りこの鐘を打ち続けたといわれている。あまりにも撞きすぎたため、以来、この鐘は鳴らなくなってしまい、寛政9年(1797年)に再鋳造されるまで鐘の鳴ることはなかったという。勿論、現存の鐘は再鋳造されたものであるから撞けば鳴る。
 これが「鳴らずの鐘」といわれている由来であるとされている。

早朝に散歩されてた方が色々と親切に説明をしてくださいました。
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       境内には「野口雨情」の詩碑があります
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           雨情自筆の写刻
春のあけぼの 花なら桜
  武士の鑑(かがみ)ぢゃ 赤穂義士  
 
                   
 雨情
   
明治15年茨城県生まれ「十五夜お月さん」「青い目の人形」「船頭小唄」「波浮の港」の作者
この碑文は昭和11年民謡行脚の道すがら、4月18日~3日間赤穂に滞在し試作した十節よりなる赤穂民謡の第一節です。
このお寺で説明してくださったオジサンありがとう~(*^_^*)
感謝の気持ちで花岳寺をあとにしました。
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by mekkemonn | 2011-03-08 10:29 | 神社仏閣