道草しながらデジカメと遊ぶ


by mekkemonn
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2009年 07月 16日 ( 1 )

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     市内八幡町市街地より遠望。
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 旧二の丸跡「土霊水」説明板によると八幡城(郡上、又は積水城)
永禄2年(1559)「遠籐六左衛門盛数」によって築城されて以来五氏19代の居城となったが天正16年(1588)稲葉貞通が遠藤氏に代わって領有したのち城郭を改修して、この地に本丸を構え、この門内にあたるここに井戸を掘った、爾来夏は冷たく冬暖かい滋味豊かな水が浪々として尽きず、稲葉、遠籐、井上、金森、青山の歴代城主が御殿を構えて日々の飲料水として愛用したいわれを持つものである。
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            「旧二の丸跡に立つ銅像」
NHK大河ドラマでも取り上げられた山内一豊夫人千代は、ドラマの中では原作に従って近江の出身と描かれましたが郡上では、初代八幡城主遠籐盛数の娘「山内対馬守室」一豊の妻とする系図が各所に残されてきました。
近年には、郡上説を裏付ける高知県からの家系図、陣立図などの資料も発見されてい
るそうです。
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      徒歩で登る。
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       「首洗い井戸跡」
今は駐車場になっているが、以前は杉や雑木の生い茂った湿地帯で、この付近に「浅井戸」があり井戸の周りには蟇蛙(がまがえる)が群生し、昼も薄暗い陰惨な場だったそうです。今は埋め立てられて跡方も無いが、その昔この浅井戸は「首洗いの井戸」と言い継がれ、慶長の合戦に際して討ち取られた寄せ手の名のある武士の血や泥で汚された首が、洗い浄められ首実験に供されたそうです。
何だか薄気味の悪い所でした。ここを通り城へ入ります。
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              模擬 「隅櫓」
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      城内に入ると二つの石があった。
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                   「説明板」
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  天守閣の下力石付近より「郡上八幡の町」と遠くに「東海北陸道」を望む。
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             模擬「天守閣」
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石垣は本物ですが土塀や御門は模擬です。昭和8年に建てられたとの事。
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           城内に咲く花「ねじ花」
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by mekkemonn | 2009-07-16 11:25 | 小さな旅