道草しながらデジカメと遊ぶ


by mekkemonn
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カテゴリ:歴史探訪( 50 )

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河内長野市加賀田に在ります。
加賀田沿いの段丘上にあり、現在18世紀前半に建てられたと推定されます。

平安時代の歌人「大江匡房(おおえただふさ)」の子孫でこの地に住んだとされ、「楠木正成」の軍学兵法の師で、正成は「観心寺」からここに通ったと言う伝説があります。

現在庭には時親遺愛とも、正成の手植えとも言われる枝垂桜の老木があります。
             (一般公開はしていません)

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日当たりの良いこの場所にはロウバイの花が満開でした(^_-)-☆
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by mekkemonn | 2011-02-23 08:05 | 歴史探訪
清荒神さんの帰りに池田市城山町に在る「池田城」に立ち寄りました。
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               模擬天守閣全景
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               模擬天守閣
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天守閣二階から西方「川西市街」「阪神池田線」を望みます。
池田城は主郭部分が平成12年4月に城跡公園として整備されました。
又、池田城は五月山(標高315.3m)山麓の台地に築かれて南と西側が崖と谷を利用した要害となっています。
池田城は室町時代から戦国時代にかけて池田市域一帯を支配していた地方豪族池田氏の居城です。
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                 西門
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                 東門
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                 南門
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                 北門
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                大手門外側より
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               大手門内側より
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「10月桜」                   「白木蓮の蕾」
池田体育館(有料)に駐車し歩いて10分程の池田城へ・・・
なるほど崖や谷と言うだけあって急な階段を登り西門より入りました。
城内を歩くと10月桜がチラホラと咲き始め、白木蓮も大きな蕾をつけて春の準備をしてます。
ちょっと風は冷たいけど「10月桜」の花を見るとほっこりした気分になりました。
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見上げると真っ赤な実が生って「サンシュユ」と名がついてました。
初詣のおまけの旅になりました。ヽ(^o^)丿
              
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by mekkemonn | 2011-01-14 23:09 | 歴史探訪
4世紀前半最大級の施設が見つかり、御所市の「秋津遺跡現地説明会」に参加させてもらいました。
有力豪族の「葛城氏」か「大和政権」が関与した可能性がある「空白の4世紀」と知る重要な遺跡との事です

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10時より説明会との事だが駐車場は満車に近いほどでした。9:10am
京奈和道路が出来るについて巨勢山にトンネル工事が行われている。
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考古学ファンが長蛇の列、この最後の列に並んだ。
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受付で説明会資料をもらう。
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展望台デッキより西の方角を見る。前回昨年の北側の遺跡説明会に参加出来ませんでした。
今回北側に続き南側の遺跡説明会でした。
空はどんよりとして葛城山の紅葉も薄っすらと見える。大和は金剛おろしが寒い!!
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南側より北を見る。「竪穴住居群」
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   竪穴住居群の東側 「中近世の耕作痕」
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橿考研の方の説明を聞く。
この方が分かり易く説明してくださって、よくわかりましたよ。有難う感謝です。
ご本人曰く「これからも、まだ,まだ発掘する作業があって寒さに耐えなければいけないので薄着で頑張ってます」との事です。ホントに寒かった~020.gif
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説明が終わって皆さん一列に並び資料とにらみっこしながら
写真撮影したりで研究員の方に質問したりで中々前に進みません~。
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               北東より撮影。
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         柱を据えて固定した大型の掘立柱建物跡。
                「空中通路」の南側より
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                    井戸?
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                「方形区画施設」
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                   「竪穴住居」
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「井戸」?「真ん中の仕切りはなんですか?」の質問に「土の層が分かるように残した」との事です。
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                  「遺物展示会場」
前回の調査地、北側の川跡に供物を置く高杯(たかはい)などの祭祀用具が大量に捨てられていることから
「内部を清浄に保ち祭祀を行った施設の可能性がある」との事です。

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井戸から見つかった杭(くい)は当時の物とは思えないほど生々しいものでした。
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現在近畿圏の外郭環状道路の一部として京奈和道路が建設中です。
京都市を起点として奈良県を北から西に抜けて和歌山市に至る全長120kmの高速道路です。
開通したらドライブしたいものです。
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by mekkemonn | 2010-11-30 11:27 | 歴史探訪
わが家からお亀石古墳まで歩いて行ってきました。
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何十年前に訪れた事があったが、今では周囲は整備され住宅街で様変わりして入り口も分からず住民の方に聞いて分かりました。
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古墳は小高い山の上にあり、二上山、葛城山、金剛山を見渡す事が出来ます。
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             古墳時代終末期の石棺式石室
              直径15m、高さ4mの円墳切石を布積みにした羨道(せんどう)石室の墓道)の正面に直接家形石棺を安置した内部構造で、通有の横穴式石室の様な玄室(棺をおさめる墓室)の構築を省略しているとの事です。
家形石棺の棺蓋に六個の縄掛け突起が有り、古くから露出していて亀の形に似ているところから、この古墳の名が生じたのであろう。
   (説明板より抜粋)
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古墳南側を見ると雑木の紅葉もまだ綺麗~
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古墳北側はぶなの木かな?木も晩秋の芸術ですね035.gif
                  歩いた歩数14000歩でした。
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by mekkemonn | 2010-11-27 09:46 | 歴史探訪
お天気良好近くのスーパーに駐車させてもらい河内長野市を南北に縦断する「高野街道」の一部を歩いてみました。
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           スーパーの横を流れる川を右手に見ながら歩く。
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先ずは小高い山の上に公園があって若者の一グループがバベキューをしているのみでひっそりしてます。
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展望台まであがると烏帽子山が見えその下に高野街道が走ってます。
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長野神社に参拝。ここには「大阪府指定天然記念物」「かやのき」があります。
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左側のお店にはお酒はもちろん、バウムクーヘン、栗入コラボの酒饅頭が土曜日のみ販売されます。
買いに行こうっと~!!
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「天野酒」の本店。豊臣秀吉もこよなく愛したお酒です。
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纏りのつかない高野街道で何処を歩いたかも分からずタダタダ蒸したてのお饅頭だけが頭に残っただけでした。(笑)
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by mekkemonn | 2010-11-06 10:31 | 歴史探訪
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                「徳川家康最後の陣跡」
行く順序が後先のなってしまいました。家康最初の陣もあります。
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徳川家康最後の陣跡の前にある絵看板です。
家康が床机に座り首実験をしてる場面です。
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                 「東首塚」
朱塗りの門は首実検の首を祀ったとされる、関ヶ原合戦後家康が床机場で
首実検をし、その後東西二ヶ所に埋葬したのが首塚です。
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   首を洗ったとされる井戸。
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東西首塚(国史跡)
この塚は関ヶ原の戦い直後に、この地の領主竹中家が築いたもので
家康によって実験された将士の首がここに眠っています。
ここに訪れてもう少し時間をかけて回ってみたいと思いながら
ここに眠る400年前に戦った将士の首塚に手を合わせました。合掌
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by mekkemonn | 2010-10-28 19:57 | 歴史探訪
今回伊吹山へ登り、関ヶ原古戦場跡を少しだけ回ってきました。
行った所に印をつけました。
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西軍の総大将石田三成の陣跡(笹尾山)へ~
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薄暗い階段を登って行く。ここでもクマが出没するようですがbeyonyoのリュックに鈴を
付けてたので先ずは安心~。
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三成の陣地は笹尾山にあります。この笹尾山からは東軍の大将徳川家康の動き等などがよくわかります。
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この説明板に音声で当時の激戦状況が分かり、小早川秀秋の寝返りが無かったら西軍が
勝利し徳川家の時代は無かったでしょう?
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雨が降り出してきたので次の徳川家康最後の陣跡へ・・・
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by mekkemonn | 2010-10-26 10:07 | 歴史探訪
奈良県明日香村の牽牛子(けんごし)塚古墳(7世紀後半)で現地見学会が11日、12日と行われ11日に行って来ました。
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                飛鳥駅
飛鳥駅の向かい側にある「夢販売所」に駐車させてもらい、徒歩私たちの足で
20分程の所に在ります。
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矢印の案内に従って歩く。
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受付でパンフレットをいただいて・・・
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8時半頃に現地到着まだ5~6人の方が並んでるのみでした。
数分後振り返ると古代史ファンの長蛇の列です。
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予定より1時間早く開始で待ち時間も短くラッキーでした。
東側から登り先ずは・・・
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約80トンの凝灰岩の巨石をくり抜いて、造られた横口式石槨の入り口から
2つの棺台が見えました。
この巨石は奈良県、大阪府境の二上山西麓から木製の大型そり「修羅」で運ばれたらしい。
地面を引きずるには約1400人、丸太を敷いても数百人の力が必要だそうです。
「斉明天皇」と娘「間人皇女(はしひとのひめみこ)」が合葬されてたとの事。
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石槨を囲む切石。
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熱心に見学する古代史ファン。
「斉明天皇」とその時代  (毎日新聞より抜粋)
国内外の情勢が激動する時代に生きた「斉明天皇」は、「舒明天皇」死後642年に「皇極天皇」として即位する。
翌年、聖徳太子の息子「山背大兄王(やましろのおおえのおお)」が「入鹿」らに襲われ自害する。
645年「中大兄(なかのおおえの)皇子」「藤原鎌足」の「蘇我蝦夷」、「入鹿」父子を滅ぼした
大化改新では入鹿が討たれるのを目の当たりにする。
弟の「孝徳天皇」に譲位するが、その死後655年に「斉明天皇」として再び皇位に就く。
飛鳥で大規模工事を次々と行ない、迎賓施設の「石神遺跡」大規模庭園の「飛鳥京跡苑池」石を大量に用いた遺跡の多くは斉明期に造られました。
斉明天皇の工事好きぶりを日本書記では「狂心(たぶれこころ)」とまで書いているそうです。
 日本の交流が深かった朝鮮半島の百済が唐・新羅連合軍に滅ぼされ、百済遺臣救援のため自ら軍政を率いて筑紫(福岡県)に赴いたが661年病のため朝倉宮でなくなった。


この日も暑い日でしたが、心は想い熱くタイムスリップしこの女帝の偉大さに感動した一日でした。
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by mekkemonn | 2010-09-12 08:25 | 歴史探訪
昼食後屋外は暑さ真只中sarubia曰く
「平城京のライトアップも今日が最後やね~」と独り言、この言葉を逃すはずの無いbeyonyoが「これから行こう」という事になり
2時pm出発した。
途中雲域があやしくなり現地に着いたら雨になるかも・・・
奈良市中町の駐車場(駐車料金¥500)に着く頃には、雨が降り出し稲光とともに落雷したかのような雷・・・
バス運行も暫らくの間中止となり車中で1時間足らず待機状態でしたが、雨も小降りになりシャトルバス(無料)に乗る事20分で平城宮跡に到着しました。
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生駒の山はガスが上がり雨も止み日中の暑さも何処へやら涼しくなり気分上々です。
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「朱雀門」を右に見て「大極殿」へと進みます。
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平城宮跡を横切る踏切を渡ります。
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「大極殿」が見えてきました。雨で作業が遅れたのでしょう~
LED照明器具を並べる方を尻目に大極殿へを急ぎます。
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「大極殿」に入ると、6時30分の点灯に間に合うように行灯を並べる作業の方が頑張って居られます。
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行灯も大分並べられ・・・
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太陽も西に傾き辺りは暗くなり・・・
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1万個の行灯に点火されて・・・
三脚禁止なので撮影もブレまくり・・・
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大極殿も照明がアップされ30分程幻想的な雰囲気につつまれて・・・
現実に戻り帰宅が9時pmでした。
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by mekkemonn | 2010-08-28 10:09 | 歴史探訪
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桧原神社より東にある「井寺池」から大和三山を望むこの場所に
「川端康成」の歌碑がある。
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日本武尊の歌    
        大和は国のまほろば
          たたなづく 青垣山こもれる 大和しうるはし

昭和47年1月21日にこの場所に歌碑を建てることを決められたそうですが
この年の4月に亡くなられ、約束の文字を書くことが出来ず秀子夫人の許可を得て
ノーベル賞での記念講演原稿「美しき日本の私」から「日本武尊」の歌の文字を集めて建碑したとの事です。
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反対側を見ると「井寺池」より「三輪山」が間近に見える。
うぐいすが鳴き暑い中にも涼しさを感じる一時でした。
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栗の花もこの間まで異臭を放ってましたが小さな栗の形の実がついてました。
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by mekkemonn | 2010-06-26 07:44 | 歴史探訪